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2010年12月30日 (木)

子午線の街、明石は武蔵の街?源平の街?②(月照寺から明石神社まで)

前回に引き続き、山陽電鉄明石駅と人丸前駅間の北側にある、名所をお伝えいたします☆

*本松寺*

(前回ご紹介した月照寺から)

月照寺の前の道を、階段をおり西へ向かって進んでいきますと、本松寺が目の前にあります。

このお寺は、豊臣秀吉の家臣、藤井与次兵衛勝介が建立したものが、現在地に移転してきたものらしいです。

このお寺は、宮本武蔵の作と言われる庭園で有名だそうなのですが、残念なことに、私が行ったときはお盆だったせいか見ることができませんでした。

*妙見宮*

本松寺の西の道を北へ行くと、本松寺の北西に妙見宮があります。

この妙見宮は、本松寺と一緒に管理されているようで、宝暦11年(1761年)に鎮守として作られたそうです。

石田光成の重臣、島左近にあやかり、明石藩主の武士たちが、信仰したとか。

なんとなく不思議な雰囲気のお宮でした☆Photo

*明石神社*

妙見宮の前の道(時の道)の坂を西へ歩いていき、坂を上りきったところあたりを右折、しばらく行くと左手に明石神社があります。

この神社のご祭神は、徳川家康、松平直明、松平直常、豊受大神、金山彦大神だそうです。

阪神・淡路大震災で、半壊していた社殿などが、しばらく手付かずのままにされていたそうですが、私が行ったときは拝殿は綺麗に建て直されており、(一見神社かわからない)、拝殿前では、また別の建物の工事が行われていました。Photo_2

以上、簡単にご紹介いたしましたが、様々な時代の史跡がびっしりと詰まっている感じがしました。

今回ご紹介している、山陽電鉄明石駅から人丸前駅の北側の名所は、明石市内の名所のほんの一部にしか過ぎません。

私が明石市を訪れる前は、明石市は明石焼きの街としか認識していなかったため、こんなに中身の濃い街だと知ってちょっとびっくりしましたし、あまり人に知られていないのももったいないと思いました。

ほかにも、知人に教わったオススメ漁場スポットや、神社など機会があったらお伝えしていきますね☆

ということで、次回に続きますのでよかったら読んでやってください☆

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