風光明媚な神戸・須磨にこんな源平ゆかりの地が・・・②
前回、源平にゆかりのある須磨をお伝えしましたが、今回はその続きになります。
***安徳宮(安徳帝内裏跡伝説地)***
須磨浦公園内東方を横切る道を北上し、山陽電車の線路をくぐると、そこには急な階段が。
その階段を、何とか登りきり、まっすぐまっすぐ歩いていくと突き当たりに安徳宮がある。
安徳宮、安徳天皇はご存知の方も多いと思うが、平清盛の娘、建礼門院徳子と高倉天皇との間に生まれた天皇だ。
この幼帝の悲話も有名で、壇ノ浦の戦いで平家滅亡とともに祖母に抱かれ入水したと伝えられている。
この地に、安徳天皇の冥福を祈り安徳宮が祀られている。
江戸時代には、松尾芭蕉もここを訪れているとか。
その隣には、龍神が祀られている。
何故、安徳宮の隣に龍神が祀られているのかと言うと、安徳天皇が壇ノ浦で入水する際、祖母に「海の下にも都があります」と言われたそうだが、この都とは龍宮のことで、龍宮の主は龍神であることから、龍神は安徳天皇の守護神と伝えられているからだそうだ。(神社の案内より)
さらに、この敷地内には、明治時代アメリカ人に嫁ぎ、この付近の異人山に住んでいたモルガン・ユキが献納した灯篭、「モルガン灯篭」や、なぜか皇女和宮の像がある。
以上となります。
長々とお読みくださりありがとうございました☆
まだまだ、この付近にはいろいろな史蹟が多く残っているので、また機会がありましたらこのブログでお伝えいたしますので、どうかよろしくお願いいたします^^
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